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藤栄進化のあゆみ
MARELLA マレーラ チェスターコート ロングコート キャメル ウール, 昭和20年に荒物雑貨の卸・小売業として創立し、生活用品や家具のベンダーとなった藤栄は、平成を迎えてディストリビューター、マーチャンダイザーへと発展。今、「住」に関わる幅広い事業領域で人々に貢献をする生活者起点型マーケティングカンパニーへの道をあゆんでいます。

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muveil ミュベール チェスターコート ロングコート
フード···フードなし 柄・デザイン···無地 着丈···ミドル 季節感···冬 サイズ…36 数年前に購入しました。 定価は5〜6万程だったと思います。 クリーニング後ずっとクローゼットにしまったままになっておりましたので出品いたします。 少し毛羽立ちがございます。 あまり気にならないと思いますが、神経質な方はご遠慮くださいm(_ _)m なるべくコンパクトにして発送いたします。 ご了承くださいm(_ _)m
商品の情報
カテゴリー:レディース>ジャケット/アウター>チェスターコート>
商品のサイズ:目立った傷や汚れなし
商品のサイズ:S
ブランド:ミュベール
配送料の負担:送料込み(出品者負担)
発送元の地域:S
発送までの日数:1~2日で発送

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  • 2.00

    不倫防止映画?ネタバレあり

    ぽんぽこりん

    ドラマ版をきちんと観ていなかったので詳しいことはわかりません。北野先生は純粋に研究に夢中で今の妻とこの先もそれなりに幸せにやっていけたはず。紗和が約束を破って講演会に行ったことで、それが崩れてしまった。会えば求め合わずにはいられないとわかっていながら会いに行くのはずるい。とことん妻を馬鹿にしている。隠れていたって見つけて欲しいくせに…嫌な気持ちにならずにはいられませんでした。非難されれば「幸せになるつもりはないんです」と言い切るあたり、上戸彩さんは美しくて素敵でしたが、こういう女嫌われるだろうなと終始イライラしてしまいました。ただ結末に関しては、ここまでしなくてもよかったと思います。どうしても妻の立場で観てしまいますが、私なら自分をこんな風に変えたのは2人だと恨みに思うことはあっても、相手に執着したり結婚生活を続けようとは思わないですね。紗和ちゃんがよぎって普通に暮らせないです。慰謝料貰って、自分の幸せも探したい。

  • 5.00

    自分への励ましです。

    Kuny

    以前の使用していたものが劣化したので購入しました。ロゴの大きさが実物では気になりません。黒一色から白地に変わってデザインも気に入ってます。PUレザーがポロポロと劣化しなければ良いのですが・・・

  • 4.00

    ともだちの悲しみ

    林田力

    映画「20世紀少年 <最終章> ぼくらの旗」(堤幸彦監督)は2009年8月29日に公開された作品である。浦沢直樹の科学冒険漫画『20世紀少年』『21世紀少年』を実写映画化した3部作の完結編である。原作とは異なる結末が話題になった。新興宗教の教祖で、自作自演の予言でテロを達成し、世界支配を目論む「ともだち」の不気味さが本作品の魅力である。主人公・ケンジ(唐沢寿明)らの少年時代に「ともだち」の謎を解く鍵がある。この大きな流れは原作と映画で共通するが、映画では「ともだち」の心情を丁寧に掘り下げていた。「ともだち」は無差別テロを行い、何十億という人々を殺害した。ケンジへの恨みだけでは無差別テロの動機としては不十分である。人類全体への敵意を抱く背景となった「ともだち」の孤独や悲しみ、トラウマが映画では浮き彫りにされた。人類の大半が滅亡した世界の支配者になっても面白くないように思えるが、「ともだち」の心理状況では納得できる。また、映画ではケンジやオッチョ(豊川悦司)、カンナ(平愛梨)ら特定人の超人的な活躍で全てを解決するのではなく、彼らをきっかけとしつつも大勢の人々の行動が大きな力を持つことを描いている。作品世界の一般の人々の多くも内心では「ともだち」支配のおかしさを認識している。ユキジ(常盤貴子)が地球防衛軍を説得するシーンが印象的である。地球防衛軍のバイザーを上げて素顔を晒させることで、組織の犬から良心ある個人への転換を象徴する。『20世紀少年』にはカルト的な宗教団体が社会を支配する点で現実社会に警鐘を鳴らす社会派的側面があるが、一般の人々の良心に基づく行動によって社会を変えられるとのメッセージがある。映画オリジナルのラストの10分は試写会でも放映しないことで注目を集めた。このラスト10分が大作の最終章を見事に締めている。過去を水に流す日本人は自らの美しくない過去を直視することを避ける傾向がある。その結果、フィクションでも悪を倒して大団円とし、終わりよければ全てよしとなってしまう作品が多い。その意味で作品の質を高めたラスト10分であった。

  • 4.00

    不倫だしなぁ

    明智

    ノリコタイプの嫁があっさり別れを認める方が違和感があるので、ラストは悲しいけどストーリー的には納得のいくものでした。ノリコは捕まらないの?そこだけが気になる。。。

  • 3.00

    最後のメッセージは非常によかった

    翼くん

    うーん...。東京都民をできるだけコンサートに集めるって...。 ウィルスがまき散らされることになり、多くの人の人命がかかっている時に、そんなのんきなことを言っている場合なのだろうか。 東京都のうちどれだけがウィルス散布の対象になっているのかわからないが、もし東京都全体なら、都民の数は、1300万人である。この物語の万博会場は、1300万人が入れるような巨大な場所なのだろうか(大阪万博での1日の最大入場人数は、85万人であった)。映像からは、そんなふうには見えなかったが...。 それに、都民を万博会場に集めるのは、ウィルスから都民の生命を守るという、極めて重要な任務である。それを都民に知らせずに、コンサートが万博会場で開かれると情報を流すというのは、一体何なのか。ここに集まらなければウィルスによって殺されてしまうと聞いていれば、万難を排して集まったはずの人々も、コンサートとしか聞いていなければ、多くは集まらず、ウィルスにやられてしまっただろう。 また、最後だが、過去に戻って歴史を変えることはそもそもできない。なぜなら、過去において、実際に未来からケンヂが来ていたなら整合が取れるが、それまでの過去にそういう歴史はなかったのだから、未来から過去にケンヂが行くことはできない。ケンヂが過去に行ったとすれば、並行的に存在している、既にそういう歴史を持った別世界に行っただけであろう。 だが、最後のメッセージは非常にいい。少年の頃に、ケンヂのような経験を持ったまま大人になった人は実際に少なくないだろう。 悪いことをしたら正直に謝らなければならない、いじめをしてはいけない。そして、理不尽な思いをさせられたり、いじめられたら、やられた側には、それは一生残り、その怒りはたいへんなものである。 最後の部分が、そういう点を描き、視聴者へのメッセージになっている点は、感動的でとてもよかったと思う。

  • 3.00

    最後がちょっと

    流離の整備士

    エンディングがちょっと予想通りで残念でした。もう少し破天荒な最期を期待していました。

  • 2.00

    フードがボロボロ

    GOKU

    買って半年ぐらいからフードがボロボロになりだして粉だらけに。部屋も服も粉だらけ。キャディさんも苦笑い。友達も同じ現象です。とてもお勧めしませんが??

  • 2.00

    予想通りのラストでがっかり

    ららぴょん

    さもありなんなラスト。こんなの素人でも考え付きそう。もうひとひねりが必要じゃない?ドラマで終わっていれば良かったのに。北野先生がサワと別れた後、ノリコさんと3年も夫婦を続けていたのにも驚き。モヤモヤ感の残る映画でした。

  • 3.00

    星3つ半ですが?実は、4つかも?

    私、馬鹿よね〜:musical_note:!

    とりあえず評価3つ半です、作品的には佳作です。主人公ケンジ含め登場人物の説明的、台詞が長過ぎなこと、1・2を観れば話の流れは良い事で、それがあって2時間半は長過ぎますよ!ただ良い所もあって、ケンジの台詞「安っぽく死ねな、悪になるのは大変だ、正義の味方の方が、よっぽど楽だ!」の砦のシーンは、特筆です。しかし、この映画の最大の欠点しは、最後の野外ライブのシーンが、減点ねすね、これだけ、続けておいて、行き着いたのが、ここだと単なる原作者&演出家の自己満足的で(行きつく所”ウッドストック”でした!)好きになれません。そんなで星3つ半です。かなり期待し過ぎた、自分が悪いのですが?でもDVDは、3本共揃えました。(結構好きなので)できればメーカーさん、日テレ版の「もう一つの第一章、第二章」を再発するなら、いっしょにDVD化してほしいですね。こっちが以外と傑作かも?悪しからず!

  • 2.00

    これはまずい

    吉田 憲一

    今年2月に購入フードの表面がはがれ粉がボロボロ落ち隣の人のバッグに付着8か月使用して買い替えることになった同じ環境で過去に買ったものは最低2年は使用していたがこのようなことはなかった非常に残念だ

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あゆみ
進化
  1. ホーム
  2. チェスターコート
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1945 - 1991
ベンダー期

焼け跡からの船出
伊藤正二商店 創業

1945~
初代社長 伊藤正二
初代社長 伊藤正二

戦後まもなく、疎開先から名古屋に戻った初代社長・伊藤正二は、家族とともに馴れ親しんだ商である荒物雑貨の卸・小売を始めました。ときは1945年(昭和20年)11月20日。戦時中の空襲で名古屋市街が焼け野原となっていた状況下、東区相生町にようやく見つけた一家の住居を店にしての創業でした。

百貨店との取引開始 極端に物資が不足し、粗悪な乱造品も多かったこの時代。「伊藤正二商店」が扱う流し台や桶類などの木製品・竹製品は熟練の職人の手による良品だったため、1946年(昭和21年)には松坂屋との取引も実現し、やがて他県の百貨店へも販路が拡大。百貨店に商品を納めるベンダー(供給元)としての地位を確立していきました。

会社組織への改組 そして戦後復興が進む1950年(昭和25年)には、伊藤正二商店を会社組織に改めて、「有限会社藤栄商店」を設立。業績はさらに順調に伸びていきます。これは朝鮮戦争の特需という時代背景もさることながら、正二による不断の努力があったためでした。

社風の原点 正二は日頃から精力的に各地を巡り、仕入れ品目を拡大すると同時に、独自のアイデアで商品の改良を行いました。また、自社の商品に対しては人一倍の愛情を持っており、百貨店の売場では商品に埃などがつかぬよう、陳列棚をきれいにして回ることもあったほど…。こだわった仕入れ、つくり上げた商品を大切にする精神は、のちの社員にも受け継がれ、藤栄の社風の原点となっています。

左から飯びつ、あけびの手提げかご。右は初代社長 伊藤正二のオリジナル商品の流し台。

高度成長の機をとらえ
株式会社藤栄の躍進

1955~
名古屋 本社ビル
名古屋 本社ビル
2代⽬社⻑伊藤美江⼦
2代⽬社⻑ 伊藤美江⼦
当時では珍しかった⼥性社⻑

わが国が高度経済成長期を迎えた1950年代の半ば以降、家庭用品の分野では合成樹脂などの新しい素材を使った製品が出回って、市場が活性化。百貨店による大幅な売場面積拡張や、小売の新業態であるスーパーマーケット(量販店)の台頭もあり、消費はさらに盛り上がりました。そのため藤栄もこうした時局にいっそうの飛躍を遂げるべく、1955年(昭和30年)に有限会社藤栄商店を改組して、「株式会社藤栄」を設立しました。

スワンオリジナル商品の開発 藤栄が1960年(昭和35年)頃から特に力を入れたのは、小物家具を中心とするオリジナル商品の開発でした。生活の洋風化が始まりつつあった時期。ワゴンやラック、電話台、バスケットなど、新しい生活様式にマッチする商品を矢継ぎ早に開発すると、「スワン(のちにFujiスワン)」の商標で市場に投入。見映えがよく、機能性にも優れた藤栄のオリジナル商品は業界で脚光を浴び、家具の専門店からも数多くの引き合いを受けることとなりました。

営業拠点の全国展開を本格化 営業網に関しても、名古屋および福岡県にあった拠点に加え、1963年(昭和38年)に大阪店・東京店を開設。その後も各地に営業所を設けていきました。また、1968年(昭和43年)より開始した量販店との取引強化のため、量販店専門の営業所も各地に配置し、さらなる飛躍を目指しました。

左の「エックスワゴン」はスワンオリジナル商品として開発。右の湯殿用品は天皇陛下(昭和天皇)への献上品。

嗜好の多様化を受けて
ライフスタイル提案をスタート

1975~
当時行われた展示会の様子
当時行われた展示会の様子

1970年代に入るとドルショックやオイルショックによって経済が減速。低成長時代のなかで永続的な発展を期していくには、よりいっそう積極的な営業活動が必要であるとの認識が高まりました。

大規模な見本市の開催 そこで創業30周年を迎えた1975年(昭和50年)、全国の営業拠点が合同で開く初の見本市「オールフジエイ・グランドフェア」を実施。広大な会場に、自社開発製品と仕入れ商品を一堂に集め展示することで、販売促進を図ったのです。この見本市の成功もあり、同年の売上高は100億円の大台を突破しました。一方、1979年(昭和54年)には、より効果的な販売戦略を行うため、それまでの「百貨店家庭用品部門」「量販店家庭用品部門」に加えて「家具部門」を新設。3本柱の販売体制を敷きました。

ライフスタイル提案型に見本市を刷新 そして日本産業の国際競争力が向上し、経済規模を拡大していった1980年代。消費の多様化・個性化も進み出したため、藤栄は1981年(昭和56年)、「フジエイ・ライフスタイル・ショー」を開催。ダイニングキッチン・バス・トイレタリーなどの分野別にわけたアイテムを、ライフシーンが想起できるよう統一感のあるコーディネートで展示しました。このショーも大盛況を収め、以降、藤栄はライフスタイル提案に取り組んでいきます。

ライセンス契約の推進 さらにこの時代には、国内外の多様な企業・ブランドとライセンス契約を締結。個性の光る品々をラインナップに加えるとともに営業網もさらに拡充し、“モノ+情報”をトータルに提供できるマーケティングカンパニーへと前進していったのです。

左は、マリメッコ社のマリメッコ・DKウェア、右はハルオ・インターナショナルのユキマリーン・ランドリーを当時契約、発売しました。

1987 - 1998
ディストリビューター期

大型量販店などの成長に対応し
物流機能を強化

1987~
4Sセンター 一宮開設
4Sセンター 一宮開設

バブルの崩壊後、地価が低下した影響などもあり、流通業界では1992年(平成4年)頃からGMS(大型量販店)やホームセンターが店舗数を大幅に増やしました。

4Sセンターの開設 こうした時代に先駆けてコンピュータを導入、1987年(昭和62年)より広域配送が可能な大型かつ先進の物流拠点「4S(STORE SUPPORT & SERVICE SYSTEM)センター」の整備に着手していた藤栄も、1990年代、得意先の店舗増加を受けて、ディストリビューターとしての機能強化を本格推進。中部・関東・近畿などに4Sセンターを構築すると、センターをハブとして営業網も拡大し、顧客からの発注に迅速・的確な対応をすることで業績を伸ばしました。

二本社制のもとで新規事業を開拓 一方、1989年(平成元年)に名古屋に加えて東京にも本社を開設し、二本社制を敷いた藤栄は、以後、東京に移管したマーケティング機能の高度化を図りつつ、新規事業や取引先の開拓に傾注。ハウスメーカーやインテリアデザイン・コーディネート事務所などを販売先とする家具のコントラクト事業ならびに通販会社への商品提供を開始しました。また、香港などにオフィスを設置して、良品の輸入にも力を注ぎました。

4Sセンターのリーフレットも作成し、物流機能を本格推進していきました。

1999 - 2012
マーチャンダイザー期

生活雑貨などの分野で
売り場づくり提案に注力

1999~
3代⽬社⻑ 伊藤英資郎
3代⽬社⻑ 伊藤英資郎
「maturite 青山」を開店
「maturite 青山」を開店

21世紀が迫った頃から生活者の間には生活雑貨ブームが起こり、この分野の専門店が伸張したため、藤栄は得意先への新たな支援策として売り場づくりの提案に注力。新商品の発掘から売り場の編集・提案等までを担うことにより、マーチャンダイザーとしての能力を培いました。

イデアポートとmaturiteの誕生 また、独自性ある魅力的な提案をするためには、オリジナル商品の開発力アップや小売業に精通することが不可欠と判断。2000年(平成12年)に生活雑貨用品の企画開発販売を行う「株式会社イデアポート」を設立すると、2004年(平成16年)にはライフスタイルショップ「maturite 青山」もオープンし、直営店で得たノウハウを得意先への提案に還元していきました。このような付加価値向上への取り組みを指揮していたのは、「良品質の追求と新しい時代の生活に必要な商品開発をたゆまずに行うこと」をモットーとした3代目社長・伊藤英資郎です。

新時代への準備 3代目社長はこれに先立つ1999年(平成11年)、藤栄が今後目指すべきマーケティングカンパニーとしての姿を、「生活者の豊かな暮らしに貢献するため、商流・物流・情報流を整備し、顧客にさまざまなリテールメニューを提供すると同時に、国内外で商品開発を行うファブレスメーカー機能を持ち、専門店及びインショップを運営する事業グループ」と定義。この目標に基づいて藤栄は新時代への準備を行っていたのです。

左のPORCHAIR(ポーチェア)は、maturiteオリジナル商品。GOOD DESIGN AWARD 2004も受賞。右は、ダストボックス「dustperstyle」。

2009 - 現在
マーケティングカンパニー草創期

強固な財務力を礎に
小売・メーカー事業を拡充

2009~
「maisonnette」の展開をスタート
「maisonnette」の展開をスタート

わが国の景気低迷が長期化し、金融危機やデフレも起こった厳しい時期を堅実経営で乗り越えていた藤栄は、強固な財務基盤と信用力を下敷きに、自らが描き出したマーケティングカンパニー像を具現化すべく、2000年代の後半からリテール機能やファブレスメーカー機能拡充のための投資を積極化していきました。

maisonnetteやオンラインショップを展開 リテール事業に関しては、人々の「住」の成熟化に貢献するために、各国のハイブランド商品を輸入して直営店に置いたほか、顧客への提供商品も充実させました。また、2012年(平成24年)からは大型ショッピングモール内に生活雑貨を中心とした小売店「maisonnette」の展開をスタート。一店一店、地域に即した売り場づくりを実践し、生活者のニーズに応えていきました。またデジタル化時代の購買シーンに対応し、インテリアと生活雑貨のオンラインショップ「にくらす.」も開設。ネット通販に本格参入を果たしました。

Fホームファッション シリーズの提供 他方、この時代には、インテリアファブリックなどのホームファッション市場が伸びたことから、2011年(平成23年)より「Fホームファッション シリーズ」の名称で、オリジナル商品を得意先に届けていきました。

左はオンラインショップ「にくらす」。右は「Fホームファッションシリーズ」のヒット商品になったマシュマロ便座クッション。

次なるフィールドを求め
海外市場やサービス業へ進出

2013~
「フレディ レック・ウォッシュサロン トーキョー」を開店
「フレディ レック・ウォッシュサロン トーキョー」を開店

従来からの取り組みによりファブレスメーカー機能を高めていた藤栄は、オリジナル商品の海外販売を主目的として、2013年(平成25年)、中国の商都・上海に現地法人を設立。2017年(平成29年)にはポーランドにも現地法人を設け、欧州圏での事業を展開しました。

株式会社FFJの設立 また、藤栄が長く日本輸入販売総代理店となっていたイタリアの家具メーカー・FLEXFORMに関しても、その事業を分社化し、2016年(平成28年)に「株式会社FFJ」を設立。国際事業やメーカー事業、物流事業を行うグループ会社と同様に、家具のブランドビジネスについても自主自立型の事業体制を整えました。

フレディ レック・ウォッシュサロン トーキョー開店 加えて2017年には、コインランドリーにカフェ等を併設した「フレディ レック・ウォッシュサロン トーキョー」をオープン。物販の枠を超え、サービス業へもビジネスの幅を広げました。

左は、イタリアのデザイン家具メーカー FLEXFORM。右は、新居猛デザインの「NychairX(ニーチェアエックス)」。パリで開催されるメゾン・エ・オブジェでの展示画像。

これから
生活者起点型マーケティングカンパニー

くらしへの貢献を追求し
生活者起点型マーケティングカンパニーを目指す

2020~

私たち藤栄はこれまで、「ライフスタイルの創造、提案を通じて人々のより豊かなくらしに貢献します」という企業理念のもと、ホールセール事業からリテール事業、コントラクト事業、企画メーカー事業、ブランド事業、ロジスティック事業、国際事業に至るまでの機能を拡充し、自らが定義したマーケティングカンパニーとしての基礎を築くとともに、サービス業の分野でもくらしに貢献するための布石を打ってきました。

しかしまだ、私たちは進化の途上です。これからも、すべての事業部門とグループ会社が持てる強みを活かしながら、自立的なビジネスを行えるだけの力を蓄えること。そして藤栄グループ全体が理念のもとにつながりながら、それぞれの成長を図る「連邦経営」へと進化することで、マーケティングカンパニーへのモデルチェンジは完遂すると考えています。そのためにも社員全員がマーケッターとなり、「生活者起点」の発想で新しい時代のライフスタイルを創造、提案していきます。